私は自己所有権の観点から、リバタリアニズムの考え方を持っている。 現在手元にある金銭を、娯楽のために今すぐ使おうが、老後のために蓄えておこうが、それは各人の自由に行うべきであると考えるし、 努力の賜物である給料(自らの労働の結果)を自分一人の快楽のために使おうが、貧しい者のために寄付しようが各人の自由であるべきである。 第一の理由は、まず実力主義であるからこそ、技術革新やコスト低下を促進できていると思うし、もし仮に努力の成果どうりに所得がもらえないとしたら、経済成長鈍化のおそれから、むしろ全体の利益が下がってしまうのではないか。 また第二の理由として、私は何かを行うにあたって、各人の動機が最も重要だからであり、その動機によって正しい方向へ導かれるべきであると考えるからである。 私はこれまで誰かとチームを組み、何かの目標に向かって金銭報酬の発生しない活動を行う際、どのように各メンバーを活動へコミットさせられるか(以下、「労働」とする)、という部分が最も難しかった。 この時、上からルールを決め強制的に労働させても、動機が他律的であるため、その労働の質は悪い。 質を高めるためには、各人が労働する理由を見出し、労働力を提供することを自発的に判断させるように、精神的な部分に働きかけることが最も重要であると考える。 これは、一国内でも同じだと考える。 もしも富の再分配を行うべきであるとするならば、所得の多い人が自発的に寄付を行うことが「正しいこと」と判断し、実行に移すための「教育」もしくは実行に移した人が道徳的に「評価されうる仕組み」を、政府が提供すべきであると考える。 つまり、「考え方の選択肢」を提示した上で、各人の判断は各々に任せるのである。 その際、各々が自由に判断を行えるような場作り(自由権を守ること)が政府の範疇であって、政府はその範疇を超えて手を加えることはすべきではない。 また、以下は本日の補講で扱った3つの問題についての意見である。 <課税について> 私は課税についてリバタリアニズムの考え方から反対であるが、講義で非リバタリアニズムの人たちの考え方を聞き、生まれもった環境や不運といった不可抗力により生活保護を受けざるを得なくなる人を救済することも必要であると感じた。 そのため、課税については賛成するものの、所得税は一律課税を主張する。 理由は、累進課税では努力して高所得を得ようとする意欲を減退させてしまう恐れがあるからである。 <復興のための増税について> 賛成である。 これは、復興は上記に挙げた「各々が自由に判断を行えるような場作り」の範疇に入ると考えるため、講義中で出た意見と同じく、リバタリアニズムの考えを持ちながらも、増税に賛成した。 ただし、懸念事項として、マクロ経済学的な側面からの反対意見も自分の中のジレンマとして存在する。 というのも、「復興のため」ということは「復興が終わり次第、増税をやめる」ということであり、それはすなわち「一時的な増税」を意味していると認識したため、消費者の買い控えを懸念した。 <エネルギー需給体制について> 一社による独占体制を廃止し、自由競争に任せるべきであると考える。 不安定性の問題に対しては、六本木ヒルズの自家発電を挙げる。 六本木ヒルズではガスタービンを用いることで、停電の際も発電することができる。このように市場に出回っている発電システムを用いて、停電に対する策を講じることもできる。 " |